停止す

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曲を聞いたりアニメを見たりしていて、自分は頭を使っていない。ひっじょーに、不味いことだと思うのだ、創作していないと自分ではない。そう思っているから。

いつから創作していないのだろう。ため息が出そうだ。創作していない日数を数えようとする不毛さに。誰がこれを知って喜ぶんだろう。記録して意味や効果はあるだろうか。疲れるなあ。大人しく創作する方向にいけばいいのに。ね、そんだけじゃんね。描けばいいし、書けばいいだけ。創作したけりゃすればいい。どうしてやろうとしないのか。疲れるね。

ネタが浮かばないわけではないんだ。小説のネタが、一ヶ月前に思いついたやつから溜まって来てるから、それらを消化しようとすればネタはあるといえる。寧ろ溜まってて停滞の気配が伺えさえするから早く創作してほしい(白目)。創作したいし、摂取もしたいんだよな。貪欲で、夜更かし常習犯になる流れが確立されちゃってて、時間が足りない自分の作業が遅いと嘆いて、日記も碌に書かないで数日分まとめて書いて、LINEの会話ブッチした感じで終わらせたのを気にかけて創作が手に付かん(ちょっと嘘)。


話を変えますが、やや悩んでいることがある。

どこから書けばいいかな、去年一年間を推しという存在に精神全投資して楽しく過ごしたことからか? 2020年は楽しかった、気がする。とにかく何をするにも最優先が推しで、絵を上手く描いて自分の理想の形を残したいと躍起になっていたのは良い思い出と言うべき。まともな受験生にはなれなかったが、それでも創作いっぱいしていて充実した人として過ごせた。美化される過去のことを語りすぎると誇張が過ぎるかもしれないから控えめに書くが、始まって3ヶ月の今年と去年の充実度の差がもう表れているように思うのだ。

去年めっちゃ楽しかった。今年はどうした。

原因。推しが不在であることだ。

推すことが怖くなったんだ。推すと自分はどうかしてしまう。自分が正気を保ったまま我を忘れているような状態に陥るのが怖い。…っていう器用な思考が歯止めになっているなら、まあ…。正常だなって思うわ。自分を見失う程思考が掻き回される衝撃を受けていないだけ、日常を続けていけるという保証になりはしないか(まどろっこしい)。

なにを考えてこたえを出そうとしているんだこいつ