家族内新聞の方針:迷

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久しぶりに家族に向けて発刊している新聞を更新しました。今回のでNo.28になりました。半年ほど続けて来たその新聞のことを書こうかなと思います。

リアクションが無いからか、萎える(白目)。自分の発言が刺さってる風でも無いのが結構しんどい。次回発行のやる気に繋がらない。と、言っていてはいけないんだと思う。継続を怠らないことで、自分の中の要素の一部をいつか分かって貰うことが目的なのかな、創作は楽しいから皆やれって伝わるまでずっと続けるのが、きっと美徳だね。でもなあ、精神がもたないんだよなあ…。笑えないぜ

先週の分を休んだっていうか、サボったんですよ。何も言わずに。新聞は週一発行でやっている。一回飛ばすと、長いようで短い期間を味わう。新聞を書かないで過ごす分、余裕が見える、気がする。全部実況見るのに費やしたが。時間的余裕があろうが、精神的余裕が無い日には新聞は書かないことにしている。ペンを執る気になれないから、書けない、と言った方が正しいかもしれない。

読了の印が欲しくて感想欄をでっかく設けているから、そこに綴られた家族の文を見て、なんとか正気を(?)保つように心がけている。でもやっぱり、文字よりも対面で新聞の感想をぶちまけてほしい気もする。じゃあそう言えばいいのか。どう思ったのか、問いただせばいいのか。…なら遠慮しようかな(白目)、怖い(殴

どこか肩透かしを食らっているように思うわけは、面白いと思われているのか全くわからないからだな。自分と家族の笑いのツボなり、興味のある分野なり、合わない範囲の方が多いだろうと仮定すると、果たして、私が一方的に自分の興味の触覚が反応する話ばかりしていて良いのか。私は良いが、家族は面白いと思ってくれるのか。「新聞書きっぱなしで、誰にも読んでもらえないのは寂しいから絶対読んで」と家族を縛り付けているんじゃないかと不安になる。訊けば良いのか。そうだな、次回尋ねることにしよう。